自分独自の土俵を作り、生き様を発信するという選択―『デレク・ジャーマンの庭』を読んで

病や老いに抗い続けるのではなく、一歩引いた場所に自分独自の土俵を作り、自分の感覚に正直に生き切る。
『デレク・ジャーマンの庭』は、そんな静かな強さを写し取った本でした。
目次
「デレク・ジャーマンの庭」を読んだきっかけは、石原慎太郎
この本を知ったのは、作家・石原慎太郎の最晩年の作品集『絶筆』の解説文でした。解説を書いたのは、四男で画家の石原延啓(いしはら のぶひろ)さんです。

延啓さんは、膵臓がんが再発し、死に向かっていく父に対して、「老い」や「病」と真正面から闘う以外の在り方を探っていました。
そのときに重ね合わせていたのが、HIVに感染後、世間の第一線から身を引き、静かな場所で作品(家と庭と自分自身)を作り続けたデレク・ジャーマンの生き方でした。
闘病を前面に出すのではなく、穏やかな暮らしの中から、彼岸のような視点で世界を見つめ直す。「もし父がそうした眼差しを持ったなら、作家・石原慎太郎は何を書くのか?」
石原延啓さんの、その問いを読んだことが、この本への入口でした。
参考 https://books.bunshun.jp/articles/-/7518

検索して現れた「真っ黒な可愛らしい家」=デレク・ジャーマンのプロスペクトコテージ

「デレク・ジャーマンの庭」で検索すると、まるで小学生がクレヨンで描いたような、真っ黒な小さな平屋と庭の写真が現れます。
可愛らしい。けれど、どこか物寂しい。
美しい花が咲いているのに、近づくと少し身構えてしまう――「自分とは明らかに違う感覚の人が住んでいる」と直感的に分かる家でした。
その違和感が気になり、市内の図書館で本を借りました。
デレク・ジャーマンとは何者だったのか?

デレク・ジャーマンは、イギリスの前衛映画監督・美術家です。
映像、絵画、文章、庭づくりまで、表現の境界を越えて活動した人物で、クィア(性的マイノリティの視点)を一貫して作品に刻み込んできました。
性的マイノリティの視点が、他の作品との違いや観た人の違和感を生み出す一因だったのだと思います。
デレク・ジャーマンの名前は聞いたことがありましたが、何をしてきた人なのかは、この本を読むまで正直よく分かっていませんでした。
なぜ彼は最果ての地に移り住んだのか?

HIV感染が判明した後、ジャーマンはロンドンの家を引き払い、イングランド南東部ケント州のダンジネスへ移り住みます。
そこは、原子力発電所を背後に抱え、平坦で荒涼とした玉砂利の土地。多くの人が「天国より地獄」と感じるような場所です。
荒涼とした場所に自分の天国を造るという、ギャップ。彼は元々、魅力的な環境だと感じていたのだと思います。
小さな黒い平屋の家「プロスペクト・コテージ」と庭

彼が暮らした家は、漁師小屋だった小さな平屋――プロスペクト・コテージ。
外壁はコールタールで黒く塗られ、窓枠とドアは鮮やかな黄色。
外壁にはジョン・ダンの詩が刻まれています。
その周囲に作られた庭は、花だけでなく、流木、石、錆びた鉄、貝殻、玉砂利が混ざり合う場所。
自然と人工、生と死、美と荒廃が、静かに共存しています。観る者にとっては、美しく可愛らしいが、なんとなく違和感があるという印象だと思います。
「庭と家」が、彼の最後のアート作品だったと思う

この本を読んで感じたのは、デレク・ジャーマンにとって「庭と家」は、作品そのものだったということです。
写真の中に本人が立つことで、庭は単なる風景ではなく、ひとつの完成したアートになります。
彼は、死ぬまでの日々を、自分が心地よいと感じる色、質感、空気に囲まれて生き切りたかったのだと思います。
正直な感想――文章は退屈だった
率直に言えば、この本の文章はあまり面白くありませんでした。
小学生の日記のように淡々としていて、読み物としては退屈です。正直、最後まで読むのが辛かったです。
デレク・ジャーマンは、芸術家としては一流でも、文筆家としては三流だと感じました。
ただし、それを補って余りあるほど、写真が美しい。
この本は、「読む本」というより、「眺める本」なのだと思います。
まとめ
『デレク・ジャーマンの庭』は、闘病記でも、庭づくりの本でもありません。
それは、静かに闘って生き切るという選択を、美しい風景として提示した一冊でした。
石原慎太郎という、闘い続けた作家と、デレク・ジャーマンという、静かに闘った芸術家。
右翼と左翼、力士と行司ほど違う二人ですが、だからこそ、延啓さんは両者を重ねて考えたのだと思います。
その背景を知った上で読むと、この「黒い家と庭」は、より深く、静かに胸に残りました。
有限会社ヨシダクラフト 代表取締役・一級建築士栃木県宇都宮市を中心に、手作り感のある「暖房を止めて寝ても朝寒くない快適な注文住宅」と既存を生かした「リフォーム・リノベーション」を手掛けている。創業118年の工務店(2017年現在)。
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