2025-04-06
住宅探訪

民藝の町・益子に学ぶ「暮らしを育てる家づくり」――濱田庄司の思想と空間から得たヒント

濱田庄司記念益子参考館の受付のある長屋門見返し

家づくりやリフォームを考えるとき、断熱・気密性能、耐震性能、内外観デザイン、間取り、収納、素材、そしてコストなど、まずは“機能”や“見た目”や“条件”に目が向く方が多いのではないでしょうか。


けれど、最初に大切なのは「どんな暮らしをしたいのか?」という、自分への問いかけ、かもしれません。

先日訪れた栃木県益子町で、あらためてそんな“暮らしの本質”について考えさせられる体験をしました。

この町には、民藝運動を牽引した陶芸家・濱田庄司が暮らし、制作を続けた「濱田庄司記念益子参考館」があります。


私の経験上、質の高い暮らしに関心のある方は、生活の中に民藝の器や道具を自然に取り入れていることが多く、住まいのセンスにも共通するものを感じます。

濱田庄司記念益子参考館の敷地内には、「用の美」という民藝の思想が、長い年月静かに積み重ねられています。建物や空間が、自然の風景と心地よく調和しながら、展示作品を、より引き立てているように感じました。

濱田庄司(はまだしょうじ)と益子町

濱田庄司 出典

濱田庄司(1894–1978)は、日本の近代陶芸を代表する作家であり、「民藝運動」の中心人物の一人として知られています。彼の人生と創作活動において、益子町は欠かせない場所です。

●益子との出会いと定住

濱田庄司は1924年(大正13年)、イギリスからの帰国後、自らの創作の場を求めて各地を探した末、栃木県の益子町に移り住みます。彼が益子を選んだ理由には以下のような背景がありました:

  • 日常雑器の産地であったこと:益子焼はもともと実用的な陶器(甕(かめ)、壺、鉢など)を中心に生産しており、民藝の理念に合致していた。
  • 土や釉薬の魅力:益子の土は鉄分を多く含み、素朴で力強い表現ができる。釉薬の種類も豊富で、創作の幅が広がった。
  • 都心からの距離感:東京から比較的近く、創作と社会とのバランスがとれる環境だった。

●民藝運動と益子の発展

濱田庄司は、柳宗悦(やなぎむねよし)や河井寛次郎(かわいかんじろう)とともに推進した「民藝運動」の実践者として、益子での暮らしと制作を通して「用の美」を体現しました。特に、

  • 益子焼の再評価
  • 工芸家の育成
  • 民藝思想の啓蒙活動

を行い、地域の伝統工芸に新たな光を当てました。

また、彼の活動により、多くの若い陶芸家たちが益子に移り住み、創作活動を始めたことで、益子は、より“陶芸の町”へと変貌を遂げていきます。

濱田庄司作品 出典

濱田庄司記念益子参考館のどこが魅力的なのか?

濱田庄司記念益子参考館入口の長屋門 最初の写真の表側

建築やインテリアに興味をお持ちの方が益子町を訪れる際、時間が無くて、もし一箇所だけ観光するとしたら、濱田庄司記念益子参考館をおススメします。

濱田庄司記念益子参考館WEB

参考館は、濱田庄司氏の住まいや仕事場として使われていた建物群を、今は展示施設として公開している場所です。特徴的なのは、展示棟として使われているのが、いずれも丁寧に手入れされた古民家や大谷石の蔵であり、それらの建物が起伏のある、手入れされた里山風庭園に点在しているということ。

濱田庄司記念益子参考館内の「上ん台(うえんだい)」と呼ばれた濱田庄司の別邸

100年を優に超える古民家もあり、大谷石蔵は東日本大震災で大規模に被災しましたが、お金を掛けてよく、リフォーム&メンテナンスされています。つくづく建物を長持ちさせる方法は、長期使用できる無垢の素材を使うことと、それらを定期的にお金を掛けてメンテナンスすることだと実感します。

濱田庄司記念益子参考館に展示されているのは濱田氏の作品と、氏が世界中から集めた民藝品の数々ですが、それらは、無機質な真っ白な室内で、ガラスケースに入れられているのではなく、生活感のある昔ながらの木造の古民家や大谷石蔵の中に、自然なかたちで置かれています。かつ、実際に使われていた家具に腰掛けながら鑑賞できます。

庭から「上ん台(うえんだい)」を見る。庭も素晴らしい

また、それぞれの展示棟が少しずつ離れているので、建物を出たり入ったりして、庭を見ながら鑑賞することになります。美術館や博物館に行くと、集中して鑑賞するので、疲れてしまう方も多いと思います。しかし、この参考館での鑑賞は、展示棟→庭→展示棟→庭と、内と外が連続展開しながらになります。展示を見た後、必ず外に出ることが良い息抜きになり、飽きません。

目的の展示棟を上に見ながら、起伏のある素敵な庭を歩くのは気持ちが良いです。

作品そのものの魅力もさることながら、展示環境も良いため、空間そのものが作品と響き合っているような印象を受けました。

「上ん台(うえんだい)」内部。存在感のある太い柱と梁

建物が良いので、作品も引き立つ印象です。

古民家の茶色く太い柱や梁、大谷石蔵の大谷石壁と木製の天井下地の対比。手入れされた里山的庭の魅力など。

織りなす空間が、「暮らしの中にある美」をそっと教えてくれる感じです。まさに用の美と言える空間です。

「上ん台(うえんだい)」内部。濱田庄司が使っていたイームズのラウンジチェア
濱田庄司が集めた民藝品 出典

濱田庄司記念益子参考館と比べて、益子陶芸美術館の魅力が薄いのは何故なのか?

益子陶芸美術館外観 益子町陶芸美術館は、濱田庄司記念益子参考館と比べて、魅力が薄かった

濱田庄司記念益子参考館を鑑賞した後、少し離れたところにある益子陶芸美術館も鑑賞しました。

2つの建物を鑑賞すると、同じ作者の作品でも、どのような環境に展示されるかで、まるで魅力が異なることが分かります。ここで言う環境とは、美術館が置かれた立地を含む外部環境から、作品が置かれている建物の内部環境までを含みます。

どちらにも、濱田庄司氏の作品が展示されていますが、益子陶芸美術館に展示された作品は、魅力が半減しているように感じました。

何故、そう感じたのか考えると、上記したように濱田庄司記念益子参考館の環境が良いので、ごく普通の小規模美術館である益子陶芸美術館とに落差があり、そう感じたのかもしれません。

濱田庄司記念益子参考館 工房外観 茅葺から瓦屋根に吹き替えてある。起伏のある庭を歩くと展示棟が現れる
濱田庄司記念益子参考館 工房内観 窓の高さは作業台に座った時に良い高さになっている
濱田庄司記念益子参考館 登り窯 宮崎駿のアニメの怪物キャラクターで出てきそうな形

益子陶芸美術館は、1993年(平成5年)の6月に開館した、鉄筋コンクリート造りの小規模美術館です。

作品を保存・管理するなら、益子陶芸美術館のほうが良いと思いますが、建物の魅力を感じなかったので、展示物の魅力まで薄くなったように感じました。

益子陶芸美術館に隣接して、参考館の建物と同じように、古民家を移築して造られた旧濱田庄司邸と、登り窯が見学できます。旧濱田庄司邸と登り窯は、無料で鑑賞できます。

「民藝(みんげい)」とは

濱田庄司の軌跡

●民藝とは「民衆的工芸」の略です。

  • 思想家の柳宗悦(やなぎむねよし)が提唱した、日常的に使われる生活道具の中に美を見出す思想および運動のことです。
  • 名もなき職人たちが作った、日常的な生活用品の中に「用の美」を見出し、それを「民藝」と名付けました。
  • 民藝運動は、柳宗悦を中心に、陶芸家の濱田庄司、河井寛次郎らによって展開されました。

●民藝の定義

民藝は、以下の条件を満たす工芸品を指します。

  • 実用性:日々の生活で実際に使用されるものであること。
  • 手仕事:職人による手仕事で作られていること。
  • 地域性:その土地の風土や文化に根ざした素材や技術で作られていること。
  • 無銘性:特定の作家や工房ではなく、名もなき職人によって作られていること。
  • 複数性:大量生産が可能で、多くの人々に普及していること。
  • 廉価性:一般の人々が容易に購入できる価格であること。

●民藝運動の意義

民藝運動は、それまで美術品として評価されていなかった日常的な工芸品の中に美を見出し、その価値を再評価しました。また、手仕事の重要性を再認識させ、地域文化の継承に貢献しました。

民藝の精神が教えてくれる、住まいの美しさ

濱田庄司記念益子参考館内 大谷石蔵を利用した展示棟

民藝の考え方のひとつが、「用の美(ようのび)」です。これは、使うために生まれた道具や日用品に宿る、さりげない美しさのこと。

濱田庄司記念益子参考館の空間に身を置いて感じたのは、「美しいから飾る」のではなく、「使いながら、美しくなる」という感覚。工芸品は観賞用でなく、日常で長く使い続けてこそ美しいという考え方は、頑丈で直すことができるということに繋がります。民藝の思想は、私の家づくりの考え方とも合致しています。

上記展示棟内部 大谷石と木

現代の住宅でも、たとえば無垢材の床、漆喰の壁、手仕事で作られた建具や家具など、美しく経年変化して、かつ職人が修理しながら長く使える素材が好まれる理由も、民藝の「用の美」と共通するように思います。

家は完成した瞬間がピークではなく、暮らしながら少しずつ育っていくもの。民藝の思想は、そんな家づくりの価値観にも、深くつながっていると感じました。

だから、手作り感のある、自然素材の家が好きな人は、民藝も好きなのだと思います。

益子の街並みにも表れる、美意識のある暮らし

ギャラリー陶庫外観 出典

濱田庄司記念益子参考館を出て、益子の町を歩いてみると、あちこちに古い民家や蔵を改装したギャラリーやカフェ、工房が点在していました。

特に印象的だったのが、民藝ギャラリー「ギャラリー陶庫」。歴史ある木造建築の一部を大胆にガラス張りとして、新旧を対比させたり、大谷石蔵を活かした建物の中に、現代作家の器や工芸品が丁寧に並べられており、建物と作品の調和が心地よい空間でした。

ちなみに、「ギャラリー陶庫」のガラス張りの建物は、私が以前在籍していた「佐藤秀」が設計施工しています。

ギャラリー陶庫内部

同じ栃木県内でも、以前ブログに書いた蔵の街・栃木市と並んで、益子町は街並みの一部に、一貫した美意識が感じられる場所です。古いものをただ残すのではなく、今の暮らしに寄り添うかたちで生かす。そんな姿勢に、これからの住まいづくりのヒントがあると感じました。

現代にも生きる、民藝の精神

民藝運動は、「美術品ではなく、生活の中にある美」を見出すことから始まりました。

特別な誰かが作った高価なものではなく、名もなき職人が作った道具や器、そして住まいの中にある佇まいにこそ、真の美しさがあるという考え方です。

現代は情報もモノも溢れる時代。そんな今だからこそ、「本物の素材」「長く使うもの」「手をかけながら使い続ける暮らし」に価値を見出す人が増えているように感じます。

益子の町を歩きながら、それは単なる懐古ではなく、これからの暮らしの方向性を照らす光にも思えました。

日本民藝館。行ったことないので行きたい!

なぜ、益子に芸術家が集まるのか?

益子には、陶芸家を初めとして、映画監督の小栗康平氏等、何十年も前から、他県から芸術分野の移住者が多いように感じます。

そして今、若い世代によるカフェや古道具店のオープンも増え、町の中に新しい感性が息づいています。

その背景には、他県から来て、益子で活動した濱田庄司を先駆者として、暮らしの本質を大切にしたいという気持ちがあるのではないでしょうか。また、よそ者を受け入れる風土もあるのかもしれません。

大きな街のような便利さはないかもしれませんが、自然と共に、手仕事と共に暮らすことに、価値を感じる人たちが集まってきているのだと思います。

これから新築する・リノベーションを行う予定のある方は、暮らしの視点で、益子を訪れてみては?

家を建てることも、直すことも、単なる“工事”ではなく、「これからどんな暮らしをしたいか」という問いの答えをかたちにしていくこと。

益子の建物や空間には、そんな暮らしのヒントがたくさん詰まっていました。
民藝という言葉に詳しくなくても、「なんかいいな」と感じるものが、きっとそこにはあります。

ちなみに益子の益子陶器市は、ゴールデンウィークの4/29~5/6に行われます。この期間はとても混雑するので、避けた方が良いでしょう。木曜日休みの古道具屋さん等のお店が多いので、木曜日は外したほうが良いと思います。

吉田武志

有限会社ヨシダクラフト 代表取締役・一級建築士栃木県宇都宮市を中心に、手作り感のある「暖房を止めて寝ても朝寒くない快適な注文住宅」と既存を生かした「リフォーム・リノベーション」を手掛けている。創業118年の工務店(2017年現在)。

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