2026-01-06
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向田邦子と宇都宮市── 幼き日の記憶が刻まれた街を歩く

写真出典

「向田邦子」という名前を聞くと、温かく、かつ鋭い人間観察に支えられた脚本やエッセイ、短編小説を思い浮かべる方が多いと思います。

超売れっ子の脚本家でエッセイも手掛け、小説を書けば直ぐ、短編連作「花の名前」「かわうそ」「犬小屋」で直木賞を取りました。


何気ない日常の一場面を切り取りながら、心の機微、人の優しさや怖さを浮かび上がらせる文章は、今読んでも古さを感じさせません。

その向田邦子が、幼少期に暮らした街のひとつが宇都宮市でした。


この記事では、向田邦子ファンであり、宇都宮市に住む私が、彼女と宇都宮の関係をあらためて、たどってみたいと思います。

向田邦子さんのエッセイに触れて

最近の小さな楽しみは、向田邦子さんの作品を読むことです。


もちろん以前から名前は知っていましたし、「作家が憧れる作家」と言われる存在であること、すでに亡くなっていることも分かっていました。

向田邦子は、今から45年ほど前の1981年に亡くなっています。


半世紀近く前に亡くなった方の文章ですから、読む前は正直なところ、内容はどこか古くさいのではないかと、勝手に思い込んでいました。

ところが全く逆でした。


書かれている内容は驚くほど普遍的で、人の本質は時代を経ても変わらないのだと実感させられます。

「そんな時は、こんな気持ちになるよね」と。

私が読んだのは、エッセイ集『父の詫び状』と『向田邦子ベスト・エッセイ』の2冊です。


なかでも「父の詫び状」「ゆでたまご」「字のない葉書」「中野のライオン」は心に残りました。

私は、じっくり読書をする時間と精神的な余裕もありません。しかし向田さんは既に亡くなっており、新しい作品が出ることはありませんから、少しずつ大切に読みたいと思っています。

向田邦子と宇都宮市の関係

年表出典

向田邦子は1歳から7歳くらいまで、父親の仕事(保険会社の営業マン)の関係で宇都宮市内に住んでいたことが分かりました。

途中で一度引っ越しはしていますが、移動距離はごく近く、どちらの場所も当社から車で10分以内の距離です。


同じ街に住んでいる者として、急に向田邦子という存在が、身近に感じられるようになりました。

「向田邦子の宇都宮を歩く」というWEBページ

「向田邦子を旅する」というWEBサイトの中に、「向田邦子の宇都宮を歩く」というページがあることを知りました。

そこには、向田邦子が宇都宮市内で暮らしていた場所が、地図とともに紹介されています。


とても分かりやすく、今回町を歩く際、使わせて頂きました。

参考URL:
https://www.tokyo-kurenaidan.com/mukoda1.htm

「向田邦子の手料理」を堪能 研究会が宇都宮で交流 ゆかりの地探訪も:

https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/969086

宇都宮が登場する向田邦子のエッセイ「お八つの時間」

向田邦子のエッセイの中で、宇都宮がはっきりと描写されている文章は、ほぼありません。


私が確認できた限りでは、エッセイ集『父の詫び状』に収められている「お八つの時間」に、宇都宮の具体的な記述が出てきます。

「あれは宇都宮の軍道のそばの家であった。五歳ぐらいの私は、臙脂色の銘仙の着物で、むき出しの小さなこたつやぐらを押している。


その上に黒っぽい刳りぬきの菓子皿があり、中にひとならべの黄色いボールが入っている。


私はそれを一粒ずつ食べながら、二階の小さな窓から、向いの女学校の校庭を眺めていた。


白い運動服の女学生がお遊戯をしているのが見えた。」

引用元

幼い日の記憶をたどる文章の中で、ふいに現れる「宇都宮」という地名。また、文中の女学校は、宇都宮女子高校(通称:宇女高=うじょこう)


小学校高学年以上になると、記憶に残ることが多くなると思います。宇都宮市は、向田邦子が1歳から7歳まで過ごした街であることを考えると、宇都宮の記述がほとんど残っていないのは、むしろ自然なことだと思います。

向田邦子の足跡を探して、宇都宮の街を歩く

地図出典

現在の宇都宮は、「餃子の街」として知られる一方で、商店街や昔ながらの住宅街が残る街でもあります。

向田邦子が暮らしていた、昭和5年から昭和11年の宇都宮市は、まだ発展途上の街でした。

それでも、今の宇都宮を歩いてみると、当時の面影を感じられる場所が点在しています。

たとえば、オリオン通りやユニオン通り、もみじ通りといった商店街。また、中心市街地のすぐ近くに残る、生活感のある古い住宅街。昔ながらの食堂など、地元の人が集う場所もそうです。

こうした場所を歩きながら、向田邦子の感性に思いをはせるのも、悪くありません。

実際に彼女が暮らしていたとされる住宅跡地2か所と、1か月だけ通った小学校廻りを歩いてきました。

  1. 1歳から5歳ごろまで暮らしていたとされるのは、宇都宮市西2丁目1付近。東武宇都宮百貨店から徒歩5分くらい。現在は栃木銀行本店の駐車場となっており、細い二条通りに面した場所です。
宇都宮市西2丁目1付近。栃木銀行本店の西側

 2.その後、5歳から7歳ごろまでは、宇都宮市操町(みさおちょう)付近に住んでいました。東武宇都宮百貨店からは徒歩15分くらい。宇都宮女子高のすぐ南側にあたる場所です。フラット屋根の白い外壁のお宅の場所です。

家は建替えられていますが、向田邦子が暮らした土地であると思うと、現在建っている住宅も素敵に見えるから不思議。

宇都宮市操町(みさおちょう)付近。宇女高のすぐ南側

どちらも宇都宮の中心市街地に近い、落ち着いた古い住宅街でした。何となくですが、「向田さんに似合いそうな町だな」と感じました。

 3. 宇都宮市立西原小学校。1か月しか通わずに東京に転居したようです。

宇都宮市立西原小学校

まとめ

向田邦子と宇都宮市。

好きな作家が幼い頃に暮らした街を、実際に歩いてみました。そこは、宇都宮市の中心から少しだけ外れた、古く静かな住宅街でした。

派手さはないけれど、生活の匂いが残る町並み。向田邦子の文章に通じる空気が、どこかに漂っているようにも感じます。

付近の家々に暮らす人にも、秘密や苦労や楽しみがあるのだろうなと・・・

向田邦子ファンの方は、ぜひ一度、宇都宮で彼女の足跡をたどってみてください。

吉田武志

有限会社ヨシダクラフト 代表取締役・一級建築士栃木県宇都宮市を中心に、手作り感のある「暖房を止めて寝ても朝寒くない快適な注文住宅」と既存を生かした「リフォーム・リノベーション」を手掛けている。創業118年の工務店(2017年現在)。

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