地域情報, 建築いろいろ.

群馬音楽センターは白いザリガニに見えた
群馬音楽センター外観

峡谷のような外観

 

8月14日(日)は群馬建築巡礼。子供を映画館に送り届けてから9時半出発。東北道→北関東道→関越自動車道と進み高崎で下り、最初の目的地の群馬音楽センターへ11時15分ころ着いた。駐車したのは、群馬音楽センター脇の地下駐車場。

 

群馬音楽センターは高崎市役所の隣。高崎駅からもわりと近い街中の一等地。入館すると私のすぐ後ろにも他県からの建築巡礼カップル。正面の管理室に行き、レーモンドの建築を見に行きたこと、館内見学できないかを尋ねると、今日はホールを使用するからと、管理室隣のレーモンド(設計者)・ギャラリーのみの見学を許される。

 

他のブログによると、ホールを使っていない日は見学させてもらえるらしい。今日はホールを使っていたので、ダメ元で来たがやっぱりダメ。建築巡礼カップルにどこから来たのか尋ねると、千葉からとのこと。「また、来るしかないですね」に同意。

 

ぐるりと建物周囲を廻り、峡谷のような外観を見た。1961年竣工だから、今年で築55年。外壁の仕上げは、コンクリート生地仕上げ(打ち放し)。コンクリートの劣化を防ぐために、定期的にコンクリート表面に撥水剤が塗られている。近くで見るとテカテカで触ると膜があるのが分かる。

 

その後、隣の高崎市役所最上階の21階から群馬音楽センターを見る。SI-houseの施主、やつふささんから高崎市役所からよく見えると聞いていたのだ。最上階に上がると、群馬音楽センターを見るために造られたような窓が設けられており、上から見た群馬音楽センターは白いザリガニに見えた。屋根が白く見えるのは、塗膜防水材の白だと思う。

群馬音楽センター上空より

公的施設は通常、行政予算で造られることになるが、この建物の建築費用の1/3程度が地元住民の寄付に造られたそう。実際には、市の予算で2億円、市民の寄付が1億円の合計3億円かかった。55年前は、現在と違い人件費よりも建築資材が高く、レーモンドは費用を大切に使いながら大空間を成立させる為に、コンクリート量を減らした折板構造を採用したとのこと。

 

スパゲティ「はらっぱ本店」で昼食
スパゲティはらっぱ

12時を過ぎたので昼食。行列の人気店スパゲティ「はらっぱ本店」で、辛口トマトソース生パスタ大盛のランチセット。写真に、フランスパン2切れが付く。最後にパンをスープに付けると旨い。セットで1500円くらい。ガッツリ食べたので満足感が高かった。夕食まで間食する必要なしでした。

 

旧井上房一郎邸へ

 

高崎美術館

午後1番は、高崎市美術館の中にある旧井上房一郎邸へ。高崎駅前、中心市街地にあるコンクリート打ち放し5階建ての街中の美術館内。外観は商業施設かアパートのようで地方の美術館には見えない都市型の美術館。貰ってきた旧井上房一郎邸のパンフレットには、高崎美術館と旧井上房一郎邸の配置図が載っており、邸宅と庭を残すことが優先され、美術館の面積が最小限にされたことが分かる。

 

上記写真左側の欝蒼と茂った林が旧井上房一郎邸。ちなみに群馬音楽センターから歩ける距離。街中なので駐車場は併設されておらず、斜め前の駅前駐車場に駐車。1時間無料だったが、1時間オーバーしてしまった。

 

邸宅と庭を残すことが優先されたので、美術館が珍しいビル型の5階建てになったのだ。素晴らしい住宅と庭を残したので、他県から多くの建築巡礼者が来ている。群馬県在住の方は一度は訪れたことがある場所だろう。

旧井上房一郎邸配置図

美術館部分が狭く、邸宅の庭が広い配置計画

 

旧井上房一郎邸外観

 

高崎美術館1階の奥、ガラス戸をくぐると庭に出て、旧井上房一郎邸が見える。最初は妻側から建物を見ることになるので、小さな建物に見える。軒の高さは平均2.3M。一番低いところで2.1Mなのも小さく素朴で可愛らしく見える理由。

 

この旧井上房一郎邸は、東京麻布にあったのレーモンドの自宅兼事務所を写して造られた住宅。パンフレットによると、1952年(昭和27年)自宅を焼失してしまった井上は、レーモンド自邸を再現しようと計画し、レーモンドの快諾と図面の提供を受けて、経営していた建設会社、井上工業の大工にレーモンド自邸を実測させて井上邸を設計・建築したとのこと。

旧井上房一郎邸おやじ

半ズボン&リュック。レーモンド・スタイルの住宅前で、裸の大将スタイルの私

 

井上房一郎邸の印象
旧井上房一郎邸テラス

室内のように使える屋外

 

地面と建物の床が近い。分かりやすく言うと、建物の基礎高が低いので、外から室内、室内から外へ違和感無く入れる。室内と外が繋がったような住宅だが、これは普通の住宅では計画しにくい。

 

理由は、床が低いと地面から湿気が上がりやすいし、白蟻にも食われやすいので建物は傷みやすいからである。半屋外空間の鉄平石張りのテラスも有効に使えたと思うが、物事には良い面と悪い面が必ずある。1952年竣工だから今年で築64年。丁寧に修繕されているのが分かる。戸袋下のコンクリートは新しいようだし、床下の防湿対策は現在はバッチリだろう。ただし、基礎は低すぎて実際に施工するのは怖い。

 

また、64年前の住宅なのにドアの高さは2Mで、現代住宅と同じ高さなのも違和感の無い原因。64年前の住宅の建具は、高さ1.8M以下の建具が普通で、建具高さ2Mは珍しかったと思う。外部の木製建具も高さ2M、室内建具も2Mで窓とドアの枠上の高さは合っている。室内側窓枠とドア枠の見付(厚さ)は21㎜。ラワンべニアの出隅の見切りも厚さ21㎜。ドア蝶番はゴツイ堀商店。窓の外部枠の見付は45㎜。

 

室内は、ラワンべニアの壁で茶色く暗い。ラワンべニアは、細かく真鍮釘が打ってあり、外壁の杉板も同じく真鍮釘打ち。安く簡素で長持ちする材料を丁寧に使っている。室内の造り付け家具は、簡素で使いやすそうだし、置き家具も井上房一郎氏から寄贈されたもので、素朴で質が高く建物に合っている。

 

素晴らしい設計の庭、建物、家具が時間により熟成された住宅。特に、材料が今も普遍的に使われている、無垢材、ベニア、板金等なので、質素な今の時代に合い親近感も覚える。

 

レーモンド・スタイルの要素
旧井上房一郎邸室内

レーモンド・スタイルの室内

 

パンブレットに掲載されていたレーモンド・スタイルを要約する。建築時は、戦後間もないころである。コンクリートや製材(四角い木材)が高価で不足していたため、建築には簡易さと経済性が求められた。その結果レーモンドが木造建築を造る様式として

 

・杉の足場丸太を使用し、柱や登り梁を二つ割の丸太で挟む「挟状トラス」

・杉材縦板貼りの外装

・地震時にも重さで家が潰れないように軽くした鉄板屋根

・深い軒

・土間コンクリートに鉄平石仕上げ

・ラワンべニアに真鍮釘打ちの内装

・引違襖による間仕切り

・中央の薪ストーブ

・柱同士を結ぶラインからずらして敷居を持ってくる「芯外し」の手法により、可能になった南側の広い開口部

 

 

群馬建築巡礼は、井上房一郎芸術巡礼

パトロンとは、(特定の芸術家・団体・主義などの)経済的な後援者。保護者のことだが、今日、見学した群馬音楽センター、高崎美術館、群馬近代美術館に井上氏が深く関わっていることを知り、群馬建築巡礼は、井上房一郎芸術巡礼と同義だと知った。

 

井上房一郎(いのうえ ふさいちろう、1898年5月13日 – 1993年7月27日)は、群馬県高崎市出身の実業家。

 

ブルーノ・タウトの招聘や群馬交響楽団の創設などの文化活動、田中角栄の庇護者としても有名。愛称は「ふさいっちゃん」あるいは「フサさん」。

 

高崎観音の建立に力を尽くした井上工業社長・井上保三郎の長男として生まれる(井上工業は田中角栄が政界入りする前に働いていた会社であり、後にロッキード事件で田中が世間より批判を受けても井上は支持者であり続けた)。

 

群馬県立近代美術館には胸像まで設置されているほどである。無類の酒好き・女好きでならした。井上房一郎ウィキペディア 

 

高崎美術館の企画展覧会は、森竹巳の百均造形  みぢかなモノでおもしろアート。百均で売っているような身近な材料を使った面白いアートを見学。子供に見せたかった。

 

鴻池朋子展「根源的暴力」@群馬近代美術館は女の情念
群馬県近代美術館

 

最後に高崎美術館から車で20分弱の群馬近代美術館へ。建物を見るために、企画展覧会、鴻池朋子展「根源的暴力」を鑑賞。革に動物の絵をペイントした作品多数で、館内は独特な革の動物臭と塗料のミックス臭が漂う。このような匂いの美術館は初めて。「この匂いは何か?」と喋っている人が居ないのは不思議。

 

作品は、女の情念のようなものを感じる絵、色使いの作品が多く、動物臭と女の情念が相まって強烈な印象。女性のお客さんが多く、年配者は作品と似たようなコッテリした色と意匠の服を着ている。多数のオオカミと1人の女性がいる絵は、モロに男と女。匂いで途中退館したくなったが、建物が見たいので我慢してるうちに、癖になる作品群。癖の強い豚骨ラーメンのようで、時間が経つともう一度食べたくなる感じ。アノニマスな無印良品的アートではなく、個性を思い切り表現しているアート。今まで知らなかった鴻池朋子氏を検索。情熱的な人に違いない。鴻池朋子出典

 

群馬近代美術館の「行き止まりの通路」は何なのか?

群馬近代美術館の建物の印象は普通。ただし、鑑賞者は何度か同じ場所を通るような平面計画になっており、まわりくどい建物に感じた。良い平面計画だとは思えない。また、正面階段を上がったホールに柱につながる意味不明の行き止まりの通路があったが、何か意味があるのだろうか?バブル期の建築のように感じたが、竣工は1974年。バブルより10年以上前に建てられた。42年前の建物だ。この建物は建築学会賞を取っている。

 

常設展示も栃木県立美術館とは比較にならなない数が展示されている。残念ながら井上房一郎コレクションは見学出来ず。井上コレクションは年に2回展示される。

 

群馬県立近代美術館は、1974年に竣工した。群馬の美術館設立運動に携わってきた井上房一郎の推薦で、設計は磯崎新が担当した。当初井上は群馬音楽センターの設計者アントニン・レーモンドを推していたが、斎藤義重の紹介で、磯崎新を推薦することになった。

出典

 

鴻池朋子展を見終わったとろで、ちょうど5時。隣接している群馬県自然史博物館には入館出来ず。ティラノサウルス展を見たかったので残念。美術館、博物館、図書館は夜9時くらいまで開いていると利用しやすいと思う。

  1. やつふさ

    正面階段を上がったホールに意味不明の行き止まりの通路。
    何でしょう。僕も何だろうと思いました。

    返信
    • yoshidacraft

      意味不明の不思議な通路でした。階段と吹き抜けに挟まれた通路だったので、柱の幅分を階段にするのも、吹抜けにするのもおかしいので苦肉の策が通路だったのかもしれません。

      返信

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。


*